家には今あたしたち以外にはいなくて、必然的にあたしはその場から逃げるように玄関に向かっていった。

「はーい」

 あたしが階段を下りてそういうと

「こ、こんにちは」

 緊張してるのがドア越しにもわかるような女の子の声が聞こえてきた。

(あれ? この、声……)

 聞き覚えがある。というより、つい数十分前にも聞いた声だ。

「あ、やっぱり千尋ちゃんか」

 カギを開けて、ドアを開いた先にいた女の子の名前を呼ぶ。

 そこにいたのはセーラー服姿で、ショートカットの似合う女の子。今日のアクシデントであった相手で、まぁ、美咲やゆめからすればあたしの浮気相手ってことになるの、かな?

「あ、彩音、さん」

「どうしたの? っていうか、なんでここ知ってるの?」

「え、えっと。友達のお姉ちゃんが彩音さん中学の時同じクラスで、し、失礼だとは思ったんですけど。もう一度、ちゃんと会いたくて」

「そうなんだ。っ!!」

 あたしが和やかに千尋ちゃんと会話をしていると、背筋にぞくっとしたものが走った。

(………覗くなよ)

 見るとゆめと美咲が階段のところからこっちを見てる。とても穏やかには思えない眼で。

 ゆめがそこまで確認したのか知らないけど、二人からすれば千尋ちゃんはあたしの浮気相手。それを美咲に伝えてたりしてるのかもしれない。

(……そうだ)

 せっかく千尋ちゃんが来たんだし。

「あのさ、千尋ちゃん」

 千尋ちゃんが家にまで来ちゃったことって実はあたしの立場的に結構やばいことだったかもしれない。けど、誤解を解くには本人がいたほうがいい。

「は、はい」

「ここじゃ寒いしよかったらあたしの部屋に来ない」

「よろしいんですか?」

「もちろん。まぁ、余計なのもいるけど気にしないで」

「?」

「とりあえず、どうぞ」

「は、はい」

 あたしは軽く千尋ちゃんの手を引くと、そのまま家に招き入れていった。

 いつのまにか階段から姿を消していた二人は先に部屋に戻っていて、あたしと千尋ちゃんが部屋に入ると

「っ」

 あきらかに千尋ちゃんがおびえた、というかひるんで見せた。

 まぁ、いきなり初めて見る二人ににらまれれば、ね。

「あ、あの……?」

 千尋ちゃんが困ったような顔でこっちを見てくる。

(か、可愛い)

 昼間みたいに思わず頭を撫でてあげたく……じゃなくて、完全に二人は千尋ちゃんのこと【敵】に思ってるみたいだし、まずはあたしから千尋ちゃんの紹介を……

「……貴女、名前は?」

「え? あ? ……杉宮 千尋、です、」

「…………彩音の何?」

「え? あの、どういう意味、ですか?」

 紹介を、と思ったんだけど、美咲もゆめも興味津々な感じであたしにそういう隙をあたえない。

「貴女、今日彩音と抱き合ってたらしいけど、本当かしら?」

「って、ちょっと!!」

 い、いきなりその質問はないでしょ。

「え、あ、は、はい」

(って、千尋ちゃん!!)

 今ここでそれをいうのはまずいんだよ。すごくまずいの。あたしはここまで二人が敵意むき出しにしてくるとは思わなかったからここに連れてきたけど、それはまずいって!

「ふーん」

 ほら、美咲とか一番機嫌悪い時の声だし

「…………」

 ゆめに至ってはあたしですらほとんど見たことないような顔でにらんでるじゃん。

「私……あんなこと、初めてで、すごく怖かったけど、彩音さんがすごく優しくしてくれて……」

「ちょ、ちょちょ、千尋ちゃん!」

 その上千尋ちゃんは自分の立場を理解できてないで、とんでもないこと言うし。いや、ね、あたしはなんとなく言ってることわかるけどね。でも、今この二人にそんなこと言ったらまずすぎるの。

「は、はい? な、なんでしょうか」

「え、えっとね、この二人はあたしの、友だちなの。大きいほうが美咲って言ってちいさいほうがゆめね」

「は、はい」

「で、この子は千尋ちゃん。今日、車にひかれそうだったのを助けたの。ね、千尋ちゃん」

 このまま会話を流れのまま進ませたらあたしはともかく千尋ちゃんに身の危険が及びそうだと判断したあたしは強引に互いの紹介を済ませて、今日の核心に迫ることを口にした。

「え、あ、はい」

 事のあらましはこう。

 あたしが本屋に向かってる途中交差点の信号に止められて、それを待っていたとき。後ろから歩いてきた千尋ちゃんがぼーっとしまま交差点に入ろうとした。で、完全に赤だったこともあった、あたしが思わず引き寄せなかったら轢かれちゃってったってこと。

 で、助けたのはいいけど千尋ちゃんてば助かってから自分が轢かれそうだったっていうのに気づいて、腰は抜けちゃうし、安心して泣き出しちゃうしで、大変だった。

 そんなわけで、落ち着かせようと抱きしめてあげたってわけ。で、ゆめが見たのはちょうどそん時だったってこと。

「で、家まで送り届けたりしてたから遅くなったってわけ」

 一通り顛末を話すと、数分前とは各人の雰囲気が変わる。

 千尋ちゃんは緊張してるのは変わらないけど、あたしがなんでこんなに詳しく話したかっていうのを疑問に思ってる感じで、美咲は……なんていうかさっきまでは怒って機嫌が悪くなってたけど、今は機嫌が悪いだけみたい。

 ゆめは……なんだか納得してない感じだけどこれ以上は今はどうしようもないや。

「ね、千尋ちゃん」

 とりあえず、最後にもうひと押し千尋ちゃんに同意させた。

「彩音さんがいなかったら今頃……本当にありがとうございます」

「あはは、どういたしまして」

 もう何回言われたかわからないことを言われ、あたしは慣れたように返す。

(まぁ、二人とも完全には機嫌が直ったわけじゃないけど、とりあえずこれで誤解は解けたよね)

 なんで機嫌悪いままなのかは知らんけど。

「ところで、千尋ちゃんの用って何? お礼だけ言いに来たわけじゃないでしょ」

「あ、はい」

 あたしはあたしの目的のため千尋ちゃんをこんなとこまで連れてきちゃったけど、わざわざ友達のお姉ちゃんにまで聞いてきたっていうことはそれなりの目的があってきたはず。

 そう確信していたあたしの前で千尋ちゃんは持ってきていた小さなバッグから包をとりだした。

「あの、これ、どうぞ」

「これって、チョコ?」

 時期も時期だし、それにこういう包みはこの時期よく見るものだ。

「はい。手作り、とかじゃないんですけど。今日のお礼に」

「そんな気を遣わなくてもいいのに」

「いえ、本当に感謝してますから」

「……そう。ありがと」

 千尋ちゃんの家じゃ、お礼は遠慮したけど、ここまで来てくれたんだしもらわないほうが失礼だ。

「あ、でも、ごめんね。あたしはちょっと手元に無くて」

 お返しにとは思うけど、残念ながらあたしが自由にできるチョコは美咲とゆめ用のチョコだけだ。

「い、いえ。私が勝手にしてるだけですから気にしないでください」

「うーん、でもせっかくここまで来てくれたんだし」

 もらって置いてなにもお返しもなしっていうのはちょっぴり気が引ける。何かないかなと部屋を見回すと

(これは……うーん)

 目を付けたのは二人にあげるはずのチョコ。

 これは二人用だけど、まぁ一つくらいならいっか。さっきまでならともかくもう誤解は解けてるんだしね。

 あたしは浅はかに考えてテーブルの上のチョコを取るとそこから一つつまんで千尋ちゃんの前へと持って行った。

「これ、一つだけで申し訳ないけど一応手作りだから」

「え? いいんですか?」

 明らかに自分に用意されたものじゃないチョコを差し出され、戸惑う千尋ちゃん。

「いいって、いいって。せっかく買ってきてもらったんだもん。チョコのお返しはチョコってことで」

 あたしはそんな千尋ちゃんにかまわず千尋ちゃんの手を取るとその手にチョコを載せてあげた。

「あ、ありがとうございます」

 そう言ってそれをすぐに口に含んだ千尋ちゃんは、

「すごく、おいしいです」

 満面の笑顔でそう言ってくれて、あたしも嬉しくなる。

(誤解も解けたし、チョコももらえたし。これで後はいつものバレンタインを過ごすだけだな)

 そう自己満足をするあたしはその裏で最愛の二人が余計に不機嫌になっているのに気づかないのだった。

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